Do Androids Dream of Electric Skull?  -STRANGE FREAK DESIGNS 古谷尚人の選択-  Vol.02

よく聞く話だがモバイルゲームの課金システムを娯楽の一つとして楽しむ人達(是)と、無駄や無益とする人達(非)とに分かれがちだが、是非の答は需要がある限り供給が行われている事で出ている様なもので、非とする人達も写真や音楽等のデジタルなデータにコストを払って楽しんでいるだろうし、其処には大なり小なりゲームのデータと同じく創作や制作に携わった人が存在する。

専門職に就いている者は多くの場合に意見を求められだろう。接客業なら当然の事なのだが、本来は裏方である筈の技術者には同系統の技術やテクノロジーについて専門的な見解からのより深い意見を求められる事になるし、厄介な事に専門的な技術職に就いている人間でも“詳しくは知らないまま”に自分なりの意見を発してしまう事は少なく無い。勿論ソコには自分の立場や役割を守ろうとする気持ちからの意見も多いとは思うが、聞いている側からすれば単なる否定や拒絶に感じてしまう事もあるだろう。

いくら否定的な意見を発しようとテクノロジーの進化が止まるでも無く、またテクノロジーを学んで新たな技術を身につけているのも人である。進化が続く以上は学ぶべき何かが存在する筈だし、学んだ上での選択も必要となる。デジタルでの制作にシフトし3Dプリンターでの造形で新たな境地へと進もうとするSTRANGE FREAK DESIGNSのクリエイター・古谷尚人のイベントを追いながら行ったインタビューの後編をお送りする。

 

*第一回インタビューリンク: https://h-e-a-t.net/fuel/2018/strange-freak-designs-vol-01/

— 古谷さんは手作業で原型制作を行ってきた期間が短くは無いですよね。デジタルに移行する事で手作業でやっていた時と造形の趣は変化するのが当然だとは思うんですが、ブランドとしての統一感とか過去との擦り合わせはどうしてます。

 

古谷:僕は「変わっちゃっていいや」って思う方でした。先ずは自分が変化を受け入れる方向じゃないといけないし、かと言って元々のスカルとフェイスやデザインの基本が物凄く変容していっているのでもないし、間口の基本軸はそのままにもっと広がっていってる感じです。でも、確実に感じている事としては、SFDでやるべきじゃないと感じるボーダーラインを踏み越えてしまう事は無いトコですね。そのボーダーラインが何処なのか?って事は上手く言葉にするのが難しいんですけど、明らかに世界観が異なる物をやっていこうとは思ってないです。

— シルバーアクセサリーの業界ではデジタルでの制作は認知度が低いと言うか、まだまだ誤解も多い部分ではあるじゃないですか。そんな中で次の世代に自分の持っている知識や技術を継承していきたいという気持ちが浮かんだりしませんか。

 

古谷:誰かが教えを請うてきたりとか、教えて欲しがっているなら拒む様な気持ちが在る訳じゃないんですが、安易に無料で手解きしてしまう事が良いのか?という部分も在ります。デジタルでデータを構築して3Dプリンターで出力して「はい、完成」という事では無くて、出力した物をどうやって量産原型として使用が可能になるかも含めて、その一連の流れで一つの技術体系みたいなものなので簡単にはいかない。後続に伝える方法としては、デジタル彫金スクールみたいなのも“無きにしも非ず”でしょうし、実際に最近だと僕が使用しているソフトのメーカーさんからの依頼で、デジタルでジュエリー制作をする場合のステップを含めて講演をしてきたんですが、興味を持っている人は多くて300人ぐらいは集まってましたね。方法がどれとは言えないですが、求められているなら伝えていきたい気持ちはあります。

— 古谷さんの造形がデジタルになった事によって手作業の時の癖、良い意味での“手癖”が無くなって彫っているラインやテクスチャーの平均化が起きていると感じるんですが、ソコは好みが大きく分かれるところなのでは?

 

古谷:そうですね……、果たしてその違いを手に取る人が何処まで意識するか?になってくると思いますが、SFDとしてのデザインやヴィジョンに共通性が在る事の方を重要視していると言うか、難しい部分になるんだろうけどデジタルワークで“手癖”や“特徴性”を意図的に刷り込む様なやり方は僕としてはシラケちゃうんで無理にやろうとは思わないです。

 

— デジタルに於けるこの先としては、出力を自分で行わないでアウトソーシングする人も多くなっていくでしょうし、データ自体を販売する事に特化していく個人も増える事が予測されます。そんな中でSFDとしての特色をどう出していこうか?みたいなプランはあるんですか。

 

古谷:単純なデータだけなら無料で提供しているサイトもあるし、個人の作家がデータだけを販売しているのは今でもいますね。データだけなら何百とか何千に増やしていく事は可能になっているし、其れ等を全てライブラリー化してカスタマイズに活かしていく方法もビジネスのスタイルとしてはアリなのかなって思ってはいます。例えばデータだけを多種多様に揃えて販売し、製造はカスタマー自身でアウトソーシングしてもらう様なやり方も考えられはします。でも、そうなってくると何処に価値を見出すのか?という課題は出てきてしまいますね。

 

— インターネットの進化と浸透が誰でも手軽に情報発信する事を可能にした事で、情報の価値に平均化を及ぼして大きく変えた様に、デジタルの世界では作家性や美意識は存在していてもデータとして存在しているが故の平均化は免れないでしょうし、結局は平均化された筈の情報価値が“大手の信頼”という流れになった様に、作家性よりもサービスに傾いていってしまう恐さもあります。

 

古谷:僕の様にデジタルでやっている人間ですら、色々な作家のデータだけを見ていると明確な違いは判らない事もあって、手作業でやっている創り手さんの手癖の味わいや拘りみたいな部分はデジタルでは出し難いと感じています。同じソフトを使用していれば起ってきてしまう平均化というか共通性みたいなものは確かにありますが、だからこそ何をチョイスしてどうセンスを出していくか?どんなヴィジョンを持つ事が出来るか?の勝負になってくるしサービスよりもオリジナリティの確立によるブランディングが僕にとっては重要ですね。とは言え、当面は思い付いたヴィジョンをカタチにしていく事での技術向上が課題だし、まだまだ楽しんでいたいんですよ。今までの手作業の頃のデザインワークでもそうでしたけど、意図的に自分の癖や拘りみたいなものを刷り込んでいくよりも自分が楽しんで制作していきたいし、願わくばそうやっていったその先に自分のオリジナリティが発揮されていればいいなと思います。

ジュエリーの世界に於いてデジタルで制作を行う行為は言わば是非よりも、好むか好まざるかの話でしかない。あくまで購入する側にとってだが。創り手側にとってはテクノロジーの進化が自分達のテクニックと競合する時代をどう考え、何を基準として技術選択と見解を持つか?は大きな課題だ。

映画「BLADE RUNNER」は続編となる「BLADE RUNNER 2049」でも共通するテーマとして“生命とは?”を問う内容だったが、埋め込まれた記憶というデータであっても、個が生活する中で変容し感情を重ね合わせながらオリジナルとなる様が顕著に描かれていた。心血を注いだ創作がアナログとデジタルで違いはあるのだろうか?人の手によるアナログな創作は機械によるデジタルな創作に劣るのだろうか?どちらにせよ手にした人が生活の中で感情を重ね合わせ記憶していく存在であるのならば、好むと好まざるに関わらず創り手は何かを学ぶべきだし、互いの利点を認めて創作は次の時代に進むべきだろう。

取材協力:

SILVER GEEKS: https://www.stfreak.com/geeks/

STRANGE FREAK DESIGNS: https://www.stfreak.com/

 

今回取材させて頂いたSTRANGE FREAK DESIGNSのイベントが下記の日程で行われます。是非、ご参加下さい。

 

10月28日 横浜VIVRE 5F ESPOIRE  https://www.espoir-silver.com/

11月11日 栃木県小山市 XXX (avataraとの合同イベント)  http://www.avatara0214.com/

人が動き続けるのに睡眠と食事が必要である様に、毎日の暮らしを行うには住居が必要になる。しかし、それだけで目紛しい世の中をタフに生きていけるだろうか?

新しい何かを見つける為の刺激や、自分らしくある為のスタイル。何か行動を起こす為には心に響く燃料が必要だ。音楽やアート、嗜好品やファッション、誰かとの時間やスポーツ。そして、旅とクリエイティブ。
物を創るという行動、その為に必要とされる刺激を表現する事で、誰かが行動する為の燃料になる様に、クリエイティブの現場をフォーカスし、そこに携わる様々な事象や場所・人達を幅広くお伝えしていきます。