ANTIVIRAL -vecTor-

セレクトショップの役割とは何か?を時折考える事がある。90年代から肥大し続けた大手のセレクトショップ達はCOVID-19によって必要の無さが改めて露呈し凋落の憂き目に差し掛かり、個人店はトレンドを追うのと顧客ニーズを捉えるのに必死で本質的なセレクトを欠いたショップが多くなった。要するに大手も個人店も“右へ倣え”の右すら見失ってセレクトしている様でセレクトしていないショップが増えたのが現状だ。不安定過ぎる世界情勢の中で生き抜く事の必死さが招いた“貧すれば鈍する”にも感じるが、根本的な問題はもっと以前から存在していてた「優れた媒介者である事の放棄」が原因だろう。

東京の森下という街に「ANTIVIRAL」というセレクトショップがオープンして1ヶ月が過ぎた現在、そもそも自らがシルバーアクセサリーブランドを展開している“北関東の虎”こと長山元太が、遺伝物質を創り出す自身のブランド「SURREALISTE」のフラッグシップショップでは無く、伝達する役割の媒介者としてセレクトショップ「ANTIVIRAL」を運営していく方向性が何処にあるのか?は当人の口から語られる拙い説明よりも実際に「ANTIVIRAL」に足を運んでみて頂ければ理解が早いかと思う。幾千の言葉や幾万の文章による説明よりも、足を運び手に取れば伝わる事を考えれば空間や物創りとは伝達に於いて便利なものだ。

今回はショップのオリジナルとしてリリースされたTシャツを軸に「ANTIVIRAL」がセレクトショップとして運営されるベクトルを紐解いてみたいと思う。

オーナーである“北関東の虎”長山元太が好きだと言うモードファッションやアルチザンの意匠を汲み取って制作されたTシャツだが、モードの文脈でファッションを捉えようとすると、その文脈の中に無機質な様式美が存在する事になる。無機質である事によって“生物としての人”を排し“生命体であるマネキン”の様に飾る行為は、ある種の異形礼賛に繋がる部分を感じさせクリーンに整った状態を嗜好する。

しかし、実際には空間や物を創り出す行為は真逆な環境下で行われ、デザインやパターンに於いても人体の研究や生物としての稼動要素を欠いては行えない。排した表装の為には排す部分をより深く知る必要があるし、異形を創り出すには常形を理解していなければならない。それが例えTシャツを1枚創り出すにしてもだと言う事を今回紹介する「ANTIVAIRAL ORIGINAL TEE」からも感じ取って頂けると思う。

一見するとシンプルでタイトなシルエットで構成されたこのTシャツは、クリーンで整った中で袖の長さやカットオフされた裾、バックの十字切り返しがスパイスとして異形さを醸し出しているが、実際に着てみると異形礼賛の要素を常形に収めたカタチである事がよく解る。

Tシャツの様に比較的デイリーユースで手に取り易いアイテムの場合、プリント等の装飾を削ぎ落とすと着心地や見栄えを支えるのは生地と縫製、そしてパターンによるシルエットになってくる。全体を構築する設計図がデザインならパターンは骨組みとして機能し、どんな体型の人がどんな動きをする中でどのようなシルエットで着させたいかを決定付けていく。

バックに入った十字の切り返しや綺麗に流れるシルエットがデザインやパターンとしては目を惹く箇所では有るし、細部に注目すればステッチが通常とは違いチェーンステッチである事や別生地で縫い付けられたロゴのプリントもアクセントとしては特徴的な箇所ではあるものの、コーディネートの視点で注目して頂きたいのは深めのUネック部分のバランスになる。

スタイルによって多様なチョイスがあるとは言え、ペンダント、ネックレスを身に着ける前提でのTシャツ選び、シルバーアクセサリーに合うTシャツを考える際の項目として頭に入れておきたいのはネックの形状と深さである。ネックレスを合わせた時に首元や胸元を綺麗に見せるパターン。それはこのTシャツを制作する上での一つの課題でもあったであろう事が、こうして写真にしてみても伝わってくる。

深めに開いたUネックがタイトなシルエットの中でも程良く収まるこのTシャツでは、シルエットを保ちながら各サイズに合わせてUネックの形状が変化しないパターン上の考慮が為されていて、ペンダントを下げるチェーンの長さによって印象の違いを大きく与えてくれるので、スタイルに合わせたコーディネートが可能で、良い意味で癖がありながら着こなし易いのだ。

シンプルでありながらパターンや仕様に拘ったこのオリジナルTシャツも、“北関東の虎”長山元太による当初のアイデアはロゴやグラフィックを有り物のボディにプリントしただけの、オープン記念やアニバーサリーでリリースしてご祝儀代わりに買って貰う所謂“ごっつぁんTシャツ”の予定だったのが、制作に入る過程から制作に取り組んでいる最中で、制作者であるSEMBLのマキオとREFUSEの高蝶とでセッションしながら物創りとしてカタチを変えていったというストーリーが面白い。

単体のブランド、特に個人のクリエイターだけが主軸になっているブランドのフラッグシップショプでは、単一のストーリーだけが展開されがちになる。セレクトにクリエイトを重ね合わせる事は、単一で完結しない他方からのこうした物創りのストーリーを揃えて伝達する楽しみでもあり、「ANTIVIRAL」がセレクトショップとして運営されていくベクトルも其処にあるのかも知れない。

単一のストレートで解り易いストーリーも確かに面白さはあるが、複雑に絡み合いながら進行するストーリーの面白味は関係する各人のアイデアや拘りによって深みを増しクリエイトされた物から優れた媒介者によって伝達されていく。優れた媒介者として「ANTIVIRAL」が活動していけるか否かが今後の最も大きな課題であり楽しみながら注目したい点でもある。

ANTIVIRAL

東京都江東区森下1-11-8 2F  

03-6770-8256

 

人が動き続けるのに睡眠と食事が必要である様に、毎日の暮らしを行うには住居が必要になる。しかし、それだけで目紛しい世の中をタフに生きていけるだろうか?

新しい何かを見つける為の刺激や、自分らしくある為のスタイル。何か行動を起こす為には心に響く燃料が必要だ。音楽やアート、嗜好品やファッション、誰かとの時間やスポーツ。そして、旅とクリエイティブ。
物を創るという行動、その為に必要とされる刺激を表現する事で、誰かが行動する為の燃料になる様に、クリエイティブの現場をフォーカスし、そこに携わる様々な事象や場所・人達を幅広くお伝えしていきます。