FRANTIC STORY

多数派をマジョリティそれに対して少数派をマイノリティと定義する様に、常識的である事を正気とするのに対して常軌を逸した行為や思考は狂気となる。グロテスクでフリーキーな美意識が、狂気的とも捉えられがちなデザインや造形で表現する者の少なく無いシルバーアクセサリーやジュエリーの世界。そんな中で更に奥深く沈み込んでみれば、常軌の逸し方は表面的でなく感覚や制作技術にまで及び新しく存在する。そんなストーリー。

 

—水底に潜む本質—

2019年に入ってからのVANITASのアクションは、SPEED SPECTERによるROEN TOKYOでのイベントを最後にスケジュールは空白のままだ。イベントや展示会のスケジュールは何も設けられておらず、ROENとのコラボレーション以外には今のところ新作のリリース予定も公表されていない。独自のサイトやSNSを持たず、リリースも不定期のまま継続していくスタイルのブランドだけに、公表されているアイテムに比べて未発表の原型やアイテムが多く存在している事は、仄暗い水の底にブランドの本質が潜んでいるかの様にも感じられる。

本来ならばブランドという存在は、地道であろうとも宣伝や営業(現代ではSNSがその舞台となる事が多いが)を繰り返しながら信頼や実績を獲得しつつ店舗や取扱店を増やす事で成長し、定期的なイベントや展示会でブランドの本質を積極的に浮き彫りにしていくものだが、VANITASにはその積極性が欠如している様にも思える。いや、寧ろ欠如というよりも最初からブランドの動かし方をそう定めていないと言うべきか。ブランドアクションだけを見れば国内外を含めて多くのアパレルブランドとのコラボレーションを行っている事からも積極的に思えるが、相手にフィットするカタチや望まれる中でVANITASのテイストを活かしていくスタイルは、自らを売り込むというよりは新しい“何か”の模索に感じられてならない。

模索と実験を繰り返しながらブランドの本質を探る行為は、底が見えないというよりは水底に潜んでいる本質を自らも探究しながらじっくりと露にしていこうとしているのだろう。

—狂気は静かに育まれる—

レギュラーアイテムの更新やリリース頻度の不定期さに加え、ワンメイク等で時折リリースされるアイテムやコラボレーションによる新作から推測する事しか出来ないとはいえ、VANITASのデザインを大別すると様式美に重きを置く細密さとアンティーク調を活かした物と、感覚に重きを置く廃墟美とテクスチャーを活かした物になる。2018年のブランドアクションがゴシックな様式美や宗教美術的なベクトルに乗る事が多くなっていたのは、ブランドとして増え続けるピースの整理と実験が故にだったが、その影で感覚的なベクトルである退廃性や廃墟美からの影響は、細密な様式美や写実的なスカルよりも狂気的な造形や不定形の様にサイズバランスを崩して制作されている。

SPEED SPECTER The LIBERATORの於けるクリエイションの中でも、退廃性や廃墟美が前面に押し出されたのはLOOM OSAKAでのイベント(CASE:VANITAS LOOM OSAKA)で、ダメージを加える事で表情を変化させたレザーと組み合わせたパーツは不穏なまでに変形させた金属の美しさを押し出したクリエイションで、その不穏さや不協和音に近い感覚で細部に狂気的な一体感を成立させてはいたが、その後はハンマーを振るって地金を変形させていく鍛金を組み込んだクリエイションはワンメイク等の単発に留まり、その他で大きく表に出る事も無く静かに旅で得たインスピレーションを反芻するかの様に工房でじっくりと、狂気が美しさに変わるまで育てられていく事になる。

—崩壊させるは技術にあり—

金属を叩き穿ち彫る、その行為にサディスティックな要素が存在するからと捉える事も出来るが、原型を全て金属加工によって削ぎ落としながら制作していくスタイルは、シンプルに思える造形にしても自然と完成したカタチに対して悲壮感や残酷さの中にある美しさを導きだす。これはワックスによる制作とは違い、実際に金属物質その物を潰し崩壊させていく行為によってこそ為し得る技であり、鍛金や打ち出し等の単一の技法によって美しい曲線や丁寧に整った造形を探究する技術とは大きく異なり、叩き穿ち彫り金属を崩壊まで虐め抜きつつギリギリのところで成立させる技術が必要になる。

このギリギリの技術は、通常のシルバーアクセサリーやジュエリーであれば必要となるだろう、構築する為にデザイン画を描きゴールを決め込んでの細密な造形や、美しさやグロテスクさを追い求めてのコラージュ的デザインとは対極に位置する、アイデアやヴィジョン・イメージといった朧げな感覚のみで導きだされるデザイニングであり、マチエール的な要素を更に深く掘り下げてグロテスクに金属の肌と筋繊維を崩壊させて表現していく技術であり、緻密に計算される3Dプリンター等による造形では届かない“崩しの美学”が其処には存在する。

—其処で待つカタチ—

シルバーアクセサリーやジュエリーに於ける美しさやデザインを追求し続けていくと、表面的な細密さや曲線美等の整った部分よりもサイズ感やバランスという部分に到達する。アクセサリーやジュエリーを“付ける”のでは無く“着ける”と書き表すのは、付属するのでは無く洋服等と同じ様に身に纏うからであり、それならば当然の様に出てくるサイズ感や全体像を意識したバランスにこそ美しさやデザインの基本が存在する。つまり、真の狂気や虚無に至る感覚の答も其処に存在する。

VANITASとして導きだす答の一方が間違い無く其処に存在するとでも言いたげに、叩き穿ち彫り進める事によって崩壊して飛び散る金属の粉が作業机に積み上がり、その積み上がった金属の粉が単位をmmからcmに変える頃には、多くのカタチが生み出されている。計算では追いつかない狂気が込められた新しいカタチは、其処で静かに時を待つ。

ラテン語で空虚を示す言葉であるVANITASは、生命や存在の儚さ空しさを独自のテクスチャーと様々な加工技術によって表現する事をテーマに、崩れ往く過程や錆びて朽ちる様、其の「今」という瞬間を切り取り「現在」に具現化させる。
ヨーロッパアンティーク調の様式美や、アメリカンヴィンテージの質感を取り入れながら、廃墟美にも通ずるデザインとフィニッシュは、大胆さと繊細さを兼ね備えながらも様々なシーンにフィットし、共に時間を経る毎に「今」を刻んでいきます。